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米国と中国、それぞれの「中東の現在地」
-貿易、投資、安全保障、そして中東政策の後ろにあるもの-

2023年 05月 24日

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企画調査部 布施 哲史

1.はじめに

昨年末からこの半年の間、中東の国際政治における中国の存在感が高まっている。

昨年12月7日から10日まで、中国の習近平国家主席はサウジアラビアを公式訪問し、サルマン国王・ムハンマド皇太子(MbS)と首脳会談を行った。また習近平主席はこの間に、中国GCC(湾岸協力会議)サミット、初開催となる中国アラブ連盟サミットなどの中東アラブ諸国の首脳会談に参加した。この訪問で中国はサウジアラビアとの間に包括的パートナーシップ協定を調印し、「一帯一路」と「ビジョン2030」との協調計画や、水素エネルギー分野の覚書など、12件の二国間協定・覚書、36件の投資合意を結んでいる。習近平の国家主席としてのサウジアラビア訪問は、2016年以来の2回目となるが、今回のサウジアラビア訪問については、同じく昨年7月に行われた、米国のバイデン大統領のサウジアラビア訪問と比べて論じられることが多い。「中東地域でのプレゼンスを縮小する米国」と、対照的に「中東地域での影響力を増大する中国」との見方だ。

写真1-1. 中国GCCサミット (Photo:Getty Image)

中東調査会の高尾賢一郎は、サウジアラビアにとって今や中国が最大の原油供給先であり、重要な経済パートナーである実態を踏まえて、「サウジと米国、とりわけバイデン現政権との関係が低調な中、その間隙を縫うように中国がサウジへのアプローチを強め、サウジもそれに応えている。」として、サウジアラビアにとって「中国との関係強化は既に米国を意識した観測気球の域を超えている。」と指摘している。一方で中東戦略研究所の村上拓哉は、サウジアラビア・中国の経済協力合意は具体性を欠いており、安全保障分野での中国の協力もほとんど進展が見られていない、と指摘している。村上は、12月の習近平訪問では枠組みを持った首脳会合が開催されたこと自体が成果であり、これが定期的に開催されていくなら、中国とアラブ諸国の協力関係はより実務的なものに発展していくとも述べている。中国研究者である防衛研究所の八塚正晃は、12月のサウジアラビア訪問は、習近平政権が掲げてきた「中国の特色ある大国外交」を示す機会であったと述べている。また米中対立と中東域内情勢の双方の影響を受けて、従来まで中国と中東諸国の「緩やかな相互支持」が、お互いにより強いコミットメントを求める関係へと変化していく可能性があることを指摘している。

この習近平のサウジアラビア訪問から4か月後の3月10日、イラン国家安全保障最高評議会書記のアリ・シャムハーニーとサウジアラビアの国家安全保障顧問であるムサード・ビン・モハメッド・アル・アイバーンは、中国の仲介と言う形で、2016年から続く7年間の国交断絶に終止符を打ち、外交関係の正常化と大使館再開に向けた外交交渉を行うことに合意をした、と北京で発表した。このムサードとシャムハーニーの合意の前月には、イブラヒム・ライースィー イラン大統領が中国を訪問し、習近平と会談を行っている。イランとサウジアラビアの直接交渉は、イラクのカディミ前首相の仲介で2021年に始まっており、これまでイラク、オマーンの仲介で続けられてきたが、中国の仲介で今回合意にこぎ着けた形となった。

写真2-2. 左:ムサード・ビン・モハメッド・アル・アイバーン サウジアラビアの国家安全保障顧問、中央:王毅 中国共産党中央政治局員、右:アリ・シャムハーニー イラン国家安全保障最高評議会書記 (Photo:Getty Image)

このイランとサウジアラビアの合意では、外交関係正常化と大使館再開に向けた外交交渉は2か月以内に行われることとされていたが、ホセイン・アミール・アブドゥルラヒヤーン イラン外相とファイサル・ビン・ファルハーン サウジアラビア外相による外交交渉は、4月6日に北京で行われた。

写真2-3. 左:ホセイン・アミール・アブドゥルラヒヤーン イラン外相、後ろ:秦剛 中国外相、右:ファイサル・ビン・ファルハーン サウジアラビア外相 (Photo:Getty Image)

このサウジアラビアとイランとの間の仲介外交の成功からそう日を置かず、中国は中東でもう一つの仲介外交を行おうとした。4月17日の中国外務省の発表によれば、この日に秦剛外相は、イスラエルのエリ・コーヘン外相とパレスチナのリヤード・アル・マーリキー外相に対してそれぞれ電話会談を行い、両者間の和平交渉の促進を支援する用意があると述べた、と言う。

写真1-4. 秦剛 中国外相 (Photo:Getty Image)

こうした中国の仲介外交に対して、米国の識者は概して高い評価を与えていない。米カーネギー国際平和財団上級研究員のアーロン・デイビッド・ミラーは「中国が勝者であることは間違いない。しかし、それがどの程度のものかは別問題だ」と述べ、米クインシー研究所エグゼクティブバイスプレジデントのトリタ・パルシは、「中国の成功が実現した背景には、米国の戦略的な失策がある。」と述べている。3月18日のEconomist誌は、「中国の関与の方が興味深いが、それでも過大評価だ。・・・中国が地域の新しい調停者になることは考えにくい。」、「中国はイスラエルとパレスチナの和平交渉という沼地にも慎重に足を踏み入れたが、そこからさらに踏み込んでいくとは誰も予想していない。」 と評している。とは言っても、中国の外交が国際社会、特にグローバル・サウスで評価を高めたことは否めない。国際政治学者の六辻彰二は、サウジとイランの国交回復を仲介し、中国が中東での存在感を高めたことの地政学的意味は大きい、と述べている。

こうした、中東及び中国研究者による論考はそれぞれ示唆に富む。筆者にはこれら専門家諸氏の論考を批評する能力はない。その代わり、このSLT情報では、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国と米国及び中国の石油貿易、貿易・投資、軍事・安全保障に係る関係を、過去から現在までの統計資料を使いながら見ていきたい。

(参照)
高尾賢一郎、「サウジアラビア:習近平中国国家主席の訪問 #1」、公益財団法人中東調査会 中東かわら版 No. 127、2022年12月9日
村上拓哉、「習近平・中東訪問を「熱烈歓迎」と見る誤解」、Foresight、2022年12月23日
八塚正晃、「習近平のサウジアラビア訪問に見る中国・中東関係の現段階」、公益財団法人日本国際問題研究所 研究レポート、2022年12月23日,
Aaron David Miller、「4 Key Takeaways From the China-Brokered Saudi-Iran Deal」、Foreign Policy、2023年3月14日
Trita Parsi and Khalid Aljabri、「How China Became a Peacemaker in the Middle East」、Foreign Affairs、2023年3月15日
「China brokers an Iran-Saudi rapprochement」、The Economist、2023年3月18日
六辻彰二、「中国の仲介でサウジ=イラン国交回復――その潜在的衝撃がウクライナ侵攻並みである4つの理由」、Yahooニュース、2023年3月28日

2.石油貿易

米国は、シェール革命による原油生産量増加により原油輸入量を大幅に減らした。元々相対的に少なかった中東産原油のシェアは大きく下がった。その一方で経済発展が進む中国の石油消費は増加し、中国は今や世界一の原油輸入国であり、中東産原油の世界一の消費地となっている。(図2-1)

米国の中東石油への関与は、第二次世界大戦後の世界市場に中東の石油を安定的に供給するという目的があった。その石油の行き先は、かつては欧州、そして今はアジア、となる。米国が「中東の石油への関心を失っている」のだとすれば、それは「世界経済のため中東の石油の安定供給に関与する」ことに関心を失っている、ということになる。

これから、少し時代をさかのぼってから、世界を石油貿易の推移を見てみよう。

米国

「2000年代後半から始まるシェール革命によって米国はエネルギーを自給できるようになり、中東産油国に依存する必要がなくなったので、米国の中東離れが起こった。」 巷でよく言われる米国の中東離れを説明する言説である。また米国とサウジアラビアの関係を、1945年2月の米国大統領ルーズベルトとサウジアラビア初代国王アブドゥルアジーズとのスエズ運河での会談以来の 「石油と安全保障の交換」で説明してきた。これらは、日本やアジアの国々がそうであるように、「米国は中東の石油に依存してきた」という考えの上にあるといえる。本当にそうなのだろうか?

図2-2. は、米国エネルギー情報局(EIA)による1900年以降の米国の原油生産量、輸出量、輸入量の推移である。2000年代後半にシェール革命が始まって、米国の原油生産は拡大に転じ、輸入量は減少に転じている(図2-3.)。ペルシャ湾岸産油国からの輸入量は2001年に約9億8,000万バレルとなった後に徐々に減少していくが、2018年以降はシェアが20%を切って急激に減少していく(図2-4.)。オバマ大統領がイラクからの米軍撤退を行い、アジアへのリバランスを言うのは2011年のことであり、これを見る限り、「米国はエネルギーを自給できるようになり、中東産油国に依存する必要がなくなったので、米国の中東離れ」ということは正しいように思われる、かもしれない。

ただし、米国が依存する必要がなくなったのは中東産油国だけではない。図2-5.が示すように、2010年代までの輸入元は5割が北中南米で、アフリカ、中東で4割であったが、2021年はそのシェアは北中南米で8割とシェアが増大する一方で、その他の地域のシェアは、アフリカ、中東をあわせても15%に満たない。極端に言えば米国の石油需要は西半球からの供給で事足りる。

中国

1980年代の中国は年間1億2,500万トン(約9億2,500万バレル)の石油を生産して、3,500万トン(約2億5,900万バレル)を輸出する、石油の純輸出国であったが、1990年代前半には輸入量が輸出量を逆転し、生産量も2億トン前後で伸び悩むなか、2005年には石油輸入量は生産量を上回る。その後石油輸入量は増加を続け、2019年の石油輸入量は5億8,100万トン(約43億バレル)となり、生産量(1億9,100万トン≒14億1,300万バレル)の約3倍となる。(図2-6.) 中国は、米国の石油輸入量が減少していく中で、現在世界第1位の石油輸入国となっている。

2000年代の初めの中国への石油供給元は、中東が38.7%で第一の供給元となっていたが、そのシェアは徐々に拡大し、2021年では中東全体で48.9%となっている。(図2-7.) 2021年の国別の輸入元としては、第1位がサウジアラビアで、第2位がロシアとなっているが、2022年はロシア・ウクライナ戦争により中国のロシア産原油輸入が増えて中東産原油の置き換えが起こった。1月のロイターが伝える中国税関総署発表では、2022年の原油輸入総量5億828万トンに対してサウジアラビア産原油は8,749万トン(17.2%)、ロシア産原油は8,626万トン(17%)で、順位は変わらないものの、その差は縮小した。

欧州、日本、インド、アジア

欧州と日本は、2000年代初頭から今日まで石油輸入量は減っている。欧州は、北米、ロシア・CIS圏からの輸入量が増加することで中東からの輸入量が減少して、シェアは2002年の30%から2021年には16.5%と半減している。 (ロシア・ウクライナ戦争後の2022年の状況は変化しているだろう) 日本はこの20年で石油輸入量は半減している。このため中東からの輸入量は大きく減少しているが、シェアは逆に81%から92%に増加している。(図2-8.、2-9.)

インド、アジア・大洋州諸国では、2021年の石油輸入量の内61~62%が中東からの輸入となっている。(図2-10.)

中東からの供給先

供給側から見た「お得意様」の変化は、図2-11.で見るように、北米・米国及び欧州の比重は減少し、アジア圏の比重が増している。中東産油国が「東を向いている」と言われるゆえんである。特に変化が大きいのは、北米・米国の激減と中国の急増であろう。アジア圏の中では、この20年で日本と中国の地位は逆転し、2021年の中国は日本の倍以上中東産原油を購入しており、一番のお得意様となっている。日本はと言えばインドよりも購入量は少ない。中東産原油の31%が中国に販売され、15.7%がインドに販売されている。中国インドを含むアジア大洋州になると中東産原油の83.5%がこの地域に販売されている。中東産油国から見れば、米国・欧州・日本は顧客としての魅力は薄れてきている。それに対して中国、インドはお得意様度が上がっている。

ロシア・ウクライナ戦争とロシア制裁が始まった2022年以降のデータはまだまとめられていないが、ロシア産原油に頼ることができなくなった欧州は、中東に再び目を向けざるを得なくなっている。また日本は、中東産油国から見た顧客重要度は落ちているのに日本は中東依存度を上げているという、バランスの悪い状況になっている。

米国はなぜこれまで中東の石油に関わってきたのか?

石油貿易のデータを見る限り、中東産油国に石油を依存する必要がなくなったのは米国だけ、と言うことになる。ところで、米国が中東にコミットしてきた理由は、「米国の石油消費を賄うために中東の石油資源を確保する」ことにあったのだろうか?

従来英仏など西欧諸国の勢力圏であった中東で、米国が影響力を増大させるのは第二次世界大戦半ば以降である。慶應義塾大学の富田広士は、1978年の論文「アメリカの対サウジアラビア政策」の中で、先行する研究結果を引きながらこの経緯を論じている。当時の第二次世界大戦遂行による膨大な石油消費の結果、米軍部は米国内の原油生産の不十分さを認識して危機感を持つが、この時米国政府は米国石油会社(SOCALの子会社California Arabian Standard Oil Company=CASOC)により独占的に開発していたサウジアラビアの膨大な原油埋蔵量と石油利権確保の必要性を認識したことにより、サウジアラビアへの関与を始めたとされる。富田は、この戦争遂行上の観点が、戦争終了後の外国石油政策の観点にとってかわられたとする。戦後の米国の外国石油政策は、戦後復興で欧州・アジア・アフリカで増大すると予想される石油需要を、これまでのように米国などの西半球から供給するのではなく、西半球からの石油供給は削減し、東半球の供給源からの供給を考え、その候補としてサウジアラビアを筆頭とする中東石油をもってするとした。1944年4月の米国務省各局合同石油委員会は、戦後の中東石油の役割を 「東半球の市場において中東石油を西半球石油の代用とする、、、」としている。中東とサウジアラビアは、戦後の欧州市場への最も重要な供給源とみなされ、この政策の観点から、米国は中東全域にわたる石油開発に積極的に参加し、米国政府はこの地域での企業参入の障害を取り除くために努力する。

米国の中東石油への関与は、その当初から世界経済の発展 (=世界市場での米国企業の成長。米国の影響力拡大) のため中東の石油を供給するという目的があった。1945年の米国とサウジアラビアの 「石油と安全保障の交換」も、その石油の行き先は世界市場、具体的にはかつては欧州、そして今はアジア、ということになる。米国が「中東の石油への関心を失っている」のだとすれば、それは「世界経済の発展のため中東の石油を供給する=中東の石油の安定供給」と言うことに関心を失っている、ということになる。

(参照)
米国エネルギー情報局、U.S Energy Information Administration (EIA)
BP統計、BP Statistical Review of World Energy
中国国家統計局、National Bureau of Statistics of China
中国統計年鑑各年版Index、Science Portal China、国立研究開発法人科学技術振興機構
富田広士、「アメリカの対サウジアラビア政策:1941年~1945年」、慶應義塾大学法学研究会、1978年

3.非石油貿易

非石油製品の貿易を、サウジアラビアと米国、サウジアラビアと中国の関係で見たとき、天秤は中国に大きく傾く。サウジアラビアの輸入品供給国は、1991年までは米国が突出して1位であったが、2016年以降は中国であり、米国に大きく水をあけている。サウジアラビアからの輸出先としては、中国は常に米国を上回り、隣国のUAEと首位を争う。サウジアラビアにとって中国は非石油貿易においても極めて重要な相手となっている。

但し、米国及び中国から見ると、貿易における中東(並びに北アフリカ)諸国の重要度は高くはない。中国の主たる貿易相手先は東アジア・東南アジア・米国・欧州であり、米国の場合は東アジア(中国を含む)・欧州・中南米なのである。

以下、「World Integrated Trade Solution」のデータからその詳細を見ていく。

サウジアラビアの非石油関連貿易額

1991年から2020年までの30年間、サウジアラビアの石油以外の貿易の推移を見てみる。1991年に約291億ドルだったサウジアラビアの輸入額は2020年には4.5倍の約1,313億ドルとなる。どこの国がサウジアラビアの輸入品供給国となっているかと言えば、1991年には米国が輸入シェア20%で第1位であったが、この30年で中国のシェアが急拡大し、2011年には米国と中国のシェアはほぼ拮抗する。2016年以降は米国のシェアが減退して行き、中国が輸入シェア第1位、米国が第2位の形が固定化している(図3-1.、図3-2-1~3-2-2.)。2020年の輸入シェアは中国が20%で第1位、米国は11%で2位となっている。品目としては中国からは機械・電気製品類、米国からは自動車等輸送機器、機械・電気製品類、化学品を輸入している。ちなみに日本は輸入シェアでは6位だが、輸入品の大部分は自動車等輸送機器であり、この分野では輸入シェアは1位となっている。 (図3-3.、図3-4.)

ではサウジアラビアからの輸出はどうなっているか? 当然のことながら「石油」がサウジアラビアの輸出品の太宗を占めるが、これを除いた輸出品では、1991年に約33.5億ドルだった輸出額は2020年には16倍の約537億ドルに拡大する。その輸出相手国は、中東域内やアジア諸国が多いのだが、1991年では隣国のUAE、クウェートが1位と2位で、中国がシェア7%で3位となる。米国には石油以外の輸出品はほとんどない。

その一方でサウジアラビアの中国向け輸出は2009年以降急激に増加していく。2010~2014年と2018~2019年は中国向け輸出がUAE向け輸出を上回り、2020年の輸出先第1位はUAEだが、中国は輸出シェア15%で第2位となっている。ちなみに米国は4%で6位であった。サウジアラビアの石油・石油製品以外の主要輸出品目としてはプラスチック類(2020年非石油輸出の31%)と化学製品(2020年非石油輸出の28%)となるが、中国へはプラスチック類の18%、化学製品の27%を輸出して、共にトップとなっている。また米国へは化学製品の4%を輸出しているが、そのシェアは大きくはない。 (図3-5.、図3-6-1~3-6-2.、図3-7-1~3-7-2.)

サウジアラビアにとって貿易相手国としての中国は、2000年代半ばにその重要性が急速に増大し、2010年半ば以降は輸出入でトップの地位を確立する。これに対して米国の貿易相手国としての位置だが、サウジアラビアからの輸出先としては、元々位置は高くはない。輸入相手としての米国は、自動車等輸送機器、機械・電気製品類の主要な供給元だが、機械・電気製品類のシェアは2010年以降中国がトップとなり、米国・欧州・日本は年々シェアの差を広げられている。自動車等輸送機器では米国と日本がトップを争っているものの、2010年代半ばから中国のシェアは上昇トレンドにあり、もうすぐ日米中の三つ巴となるだろう。

JETROアジア経済研究所の斎藤純は、サウジアラビアを始めとするGCC 諸国と中国の間の貿易が2000年以降に拡大した要因について、① GCC諸国の2000 年代以降の潤沢な石油収入の流入による消費刺激、② 2000 年前後のGCC 諸国と中国の WTO加盟、③ 9.11米国同時多発テロ事件直後に、欧米諸国で消費財を仕入れに訪問していたアラブ系商人たちが、中国浙江省の義烏市のマーケットに仕入れ先を転換した、ことなどを挙げている。中国側でも義烏市は、イスラム諸国とのビジネスチャンス拡大のため、消費財市場を積極的に整備したことで、サウジアラビアや UAE などへの中国製消費財の輸出が活発に行われるようになった。

民間レベルの貿易拡大の他に、政府主導によるビジネス交流機会拡大の試みも行われている。その契機となったのは、2006 年 1 月のサウジアラビアの故アブドゥッラー前国王による中国公式訪問で、このときアブドゥッラー前国王はサウジアラビアのビジネスマンらを率いて北京を訪問している。中国側でも2010 年に寧夏回族自治区銀川で中国・アラブ諸国博覧会が開催された。この寧夏の博覧会は現在も続けて開催されており、中国-アラブのビジネスコネクションは政府の奨励を強く受けていると指摘される。一方で、GCC 諸国で開催される大規模展示会などでは、中国企業の出展が増加しつつあると言われている。

中国及び米国の対中東貿易

中国及び米国から見ての、非石油の貿易相手としての中東はどう見えているか?

中国の石油を除いた貿易の重要な地域は、東アジア・太平洋地域と欧州・中央アジア地域、次いで北米となり、輸出入ともに大きなシェアを占める。国で言えば日本・韓国・米国・ドイツなどである。中東・北アフリカ地域はこれらに大きく劣後し、2020年で見ると中国にとっての輸入相手としてのシェアは2%、輸出相手としては6%となる。国別でみるとサウジアラビアは輸入相手としてはシェア0.6%、輸出相手としては1.1%。UAEは輸入相手としては0.3%、輸出相手としては1.3%となる。このように、中国から見た中東の位置はそれほど大きいわけではない。(図3-8~3-9.)

これは米国にとっても同様で、貿易の重要な地域は、東アジア・太平洋地域と欧州・中央アジア地域、次いで中南米と北米となる。国で言えばカナダ・メキシコ・中国・日本・ドイツなどである。中東・北アフリカ地域はこれらに大きく劣後し、2020年で見ると米国にとっての輸入相手としてのシェアは1%、(図3-10.) 輸出相手としては4%となる。(図3-11.) 国別でみるとサウジアラビアは輸入相手としてはシェア0.1%、輸出相手としては0.7%。UAEは輸入相手としては0.1%、輸出相手としては1.3%となる。このように、米国にとって中東の位置は中国のそれよりもさらに低いと言える。

(参照)
World Integrated Trade Solution (WITS)
斎藤純、「GCC諸国の経済開発と対中国経済関係 -『一帯一路』への参画とその展望、公益財団法人日本国際問題研究所 「米中関係を超えて:自由で開かれた地域秩序構築の『機軸国家日本』のインド太平洋戦略 中東・アフリカ」 第9章、2022年3月

4.直接投資・証券投資

貿易以外の中東と米国及び中国の経済関係として、直接投資並びに証券投資がどうなっているのか。

2021年時点で、米国と中国の対外投資残高はそれぞれ9兆8,135億ドルと2兆5,818億ドルで、世界の第1位と第3位となっている。ちなみに第2位はオランダで3兆3,569億ドルとなる。中国の対外投資残高は2006年から急激な伸びを見せている。(図4-1.)

GCC諸国の経済規模に比して米国からの直接投資並びに米国への直接投資は小さい。一方、GCC諸国から米国への証券投資は経済規模に比して大きい。証券市場へのペトロ・ダラーの還流がある。

中国が進める「一帯一路」の広域経済圏構想では、その経路上にある中央アジア・東南アジア・南アジア・中東・東アフリカ地域で、インフラストラクチャー整備、貿易促進、資金往来促進が計画されている。この一帯一路構想により、GCC諸国では建設プロジェクトを中心に中国による投資が米国による投資を大きく上回っている。

直接投資における中東と米国の関係

米国商務省経済分析局(Bureau of Economic Analysis=BEA)のデータによれば、米国からの直接投資並びに米国への直接投資は、その大部分は欧州との間で行われており、中東への直接投資並びに中東からの直接投資は全体の1%程度でしかない(図4-2-1、図4-2-2.)。また湾岸諸国の中では米国との直接投資の関係は、UAEがサウジアラビアを上回っている(図4-3-1、図4-3-2.)。GCC諸国の2022年の名目GDPは全世界の名目GDPの2.2%だが、対米直接投資額のGCC諸国のシェアは0.6%にとどまる。

米国への証券投資における中東の位置

米国に対する外国投資では、直接投資は全体の15%ほど、残りの85%は米国債、米国の公社債、米国企業株式への証券投資となっている。日本の対米投資も直接投資が20%、証券投資が80%となっている。(図4-4.)

湾岸産油国にあっては、この比率は前で見たように直接投資が大きく減少し、そのほとんどが証券投資になっている。GCC全体では証券投資の比率は96.6%となり、対米投資が比較的多いサウジアラビアは97.9%、UAEは下がって89.4%であるが、クウェートは99.6%とほぼ全部が証券投資となっている。またこの傾向はここ10年間変わりがない。(図4-5-1.~4-5-4.、図4-6.)  GCC諸国の2022年の名目GDPは全世界の名目GDPの2.2%だが、対米証券投資額のGCC諸国のシェアは3.2%に上がっている。UAEを若干の例外として、投資における湾岸諸国と米国の関係は、湾岸諸国から米国への証券投資に大きく偏っている。産油国のペトロ・ダラーが米国の証券業界を支えている構図が見える。

中国の中東への投資

中国の対外直接投資の大部分はアジア地域を対象とし、その割合は、2020年の中国国家統計局のデータ (図4-7.)ではアジア地域への直接投資は全体の73%に上る。このデータには「中東」の区分はなく、中東はアジアに入ると考えられる。

中国が公表するデータに湾岸産油国などへの直接投資額は載っていない。他に資料を当たると、American Enterprise Instituteが運営する中国の対外投資及び建設をフォローするChina Global Investment Trackerによれば、GCC6カ国への中国の投資額及び建設プロジェクト額は年々増加し、2018年は投資と建設プロジェクト合計で169.6億ドルとなる。2020年・2021年は新型コロナ・パンデミックで投資は大きく落ち込んだが、2022年は投資55.5億ドル、建設プロジェクト53.6億ドルまで回復した。(図4-8.)

中国の「一帯一路」は、習近平総書記が2013年9月7日にカザフスタンで「シルクロード経済ベルト」構築を提案したことに始まり、2014年のアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議が北京で開かれた際に、習総書記が提唱した。前出のChina Global Investment Trackerでは、この2013年9月以降の中国の投資及び建設プロジェクトを「一帯一路」としているが、2005年から2022年までの中国による海外投資額及び建設プロジェクト額合計約2兆2,667億ドルのうち、一帯一路にあたる額は9,126億ドルとしている。このうちGCC諸国に対して行われた投資及び建設プロジェクトは、2005~2013年の期間では315.8億ドルであるのに対して、一帯一路が始まって以降2013~2022年には901.8億ドルと、3倍近くに増加している。一帯一路でGCC諸国への投資及び建設プロジェクトは全体の9.9%を占める。特にエネルギー関連事業はGCC諸国での一帯一路事業の57.7%を占める。(図4-9.)

近年の湾岸産油国に対する米国と中国の投資を比較してみよう。両国でデータが確認できる期間の内の一帯一路期間にあたる2013年以降2021年までの9年間のサウジアラビア及びUAEへの投資では、中国の投資+建設プロジェクト額は、米国の投資額に対してUAEで3倍、サウジアラビアに至っては5倍以上となっている。中国による投資が米国による投資を大きく上回っている現実がある。(図4-10.、4-11、表4-1.)

(参照)
GLOBAL NOTE
米国商務省経済分析局、Bureau of Economic Analysis(BEA)
連邦準備制度理事会、Board of Governors of the Federal Reserve System (FRB)
中国国家統計局、National Bureau of Statistics of China
中国統計年鑑各年版Index、Science Portal China、国立研究開発法人科学技術振興機構
China Global Investment Tracker

5.軍事・安全保障

2000年代半ばから強まる中東と中国の経済関係の結びつきは、現在、中東と米国の経済上の結びつきを大きく凌駕している。では、これまで地域の安全保障を米国に依存してきたと言われる中東、特に湾岸諸国の状況にはどのような変化があったのか、又はなかったのか?

ペルシャ湾をはさんで南北に位置するサウジアラビアなどGCC諸国とイランだが、GCC諸国はイランの数倍に上る軍事費をかけているものの、その軍事力は航空機を除いてイランのそれに及ばない。軍の装備品は、GCC諸国は米欧からの輸入に頼るのに対して、イランの装備品自給率は90%を超える。この差を埋めるため、湾岸アラブ諸国は歴史的に外部の勢力に安全保障を依存してきた。第二次世界大戦後、特に1970年代以降、その外国勢力は米国になる。

イラク戦争後でも18万人を超える兵力を中東に展開していた米国だが、2022年時点で見た時、ペルシャ湾岸とその周辺地域に展開している米軍は7,845人 、シリア及びイラクに駐留するとされる兵力を入れたとしても1万3,000人にまで減少している。これだけを見ると、安全保障の面でも米国は中東における影響力を失っているように見える。それでも米国は、二国間防衛協力協定のネットワークにより、イラン、イエメン、レバノンを除く中東各国に軍事基地を保有し、武器供給など重層的なつながりを築いており、安全保障面での米国の中東への影響力はまだ大きい。しかしながら近年、ドローンや弾道ミサイル開発でUAEやサウジアラビアは中国の技術支援を受けており、安全保障面でも米国の影響力が蚕食されていく可能性はあるだろう。

ペルシャ湾岸地域の安全保障環境

世界の軍事費は1991年の冷戦終結後の一時期減少するが、2000年代以降増加し、ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれは2021年の全世界の軍事費は年間2兆ドルに上る。最大の軍事費支出国である米国は、その内の38%にあたる約7,678億ドルを支出し、第2位の中国は13%にあたる約2,700億ドルを支出する。この上位2カ国で世界の軍事費の半分を支出する。(図5-1.)

この傾向はペルシャ湾岸周辺諸国でも同じであり、1979年のイラン・イスラム革命以降から対立関係にあるとされるイランとGCC諸国の軍事費は、2000年代以降サウジアラビアの軍事費増加が全体を引っ張る形で増加する。2014年時に域内第2の軍事費支出国であったUAEのデータは、その後は公になっていないが、サウジアラビア、UAE、イランが域内の軍事費支出の大部分を占める。(図5-2.) 2021年の軍事費支出でサウジアラビアは約538億ドルと世界第8位、イランが約176億ドルで、世界第17位となる。

この軍事費支出によって支えられる各国の軍事力を比較すると、準軍事組織・予備役を入れて、イランが100万人の兵力を持ち最大の軍事力を持つ。このうちの半分の約50万人が、共和国陸軍及び革命防衛隊の正規の陸上兵力となる。GCC6カ国の総兵力はイランに及ばないが、航空機数と艦艇数ではイランを凌駕している。(図5-3.) Global Firepower 2023のMilitary Strength Ranking では、イランの軍事力は世界第17位であり、サウジアラビアの第22位より上位にあり、サウジアラビア以外のGCC5カ国はさらに大きく下位にある。(表5-1.)

GCC諸国の安全保障選択

パフラビー朝を倒したイスラム革命により誕生した現在のイラン・イスラム体制は、王制・首長制をとる湾岸アラブ諸国の大きな脅威となり、イラン・イラク戦争開戦翌年の1981年に湾岸協力会議 (GCC)が結成され、経済面での協力のみならず、治安維持・安全保障面での協力が創設時からの課題となる。1980年代半ばにはGCCの合同緊急展開軍の創出も試みられ、1985年にサウジアラビアに駐留する6,000人規模の「半島の盾」軍が設置されるが、これは1990年のイラク軍のクウェート侵攻では何の対抗にもならなかった。(細井長。2001年)

湾岸戦争後の1990年代には、NATO軍と似た統一司令官の指揮下に置かれる統一GCC軍や、エジプト・シリアを含めた防衛体制による地域の安全保障体制が検討されるが、実際にGCC諸国が選択した安全保障体制は、米国をはじめとする欧米諸国との二国間安全保障協定の締結であった(表5-2.)。例外はサウジアラビアで、イスラームの二つの聖地を擁し、異教徒の自由な立ち入りを制限してきた同国としては、その国内感情から、米軍の国内常駐を公認する二国間安全保障協定の締結は困難であった。とは言ってもサウジアラビアは、このはるか以前から米国とは密接な軍事協力関係を築いており、1945年に軍事協定であるダハラーン飛行場協定を結んでいる。ダハラーン飛行場協定は1962年に終了するが、両国の軍事協力関係は続き、ダハラーン基地の軍事インフラも引き続き維持され、冷戦期を通じて数百名規模の米軍要員がサウジアラビア国内に駐留していた。(溝渕正季、2019年) (細井長、2001年)

GCC域内独自の安全保障体制としては、2000年のGCC首脳会議で域外国から攻撃を受けた際に各国が合同で軍事行動をとることを決めたGCC 共同防衛協定が、GCC結成後初めて調印される。イラクからの米軍の撤退が進む中、2013年にGCC統合軍事司令部の設置が決まり、更に中東駐留の米軍が減少する中で、2021年になりリヤドに新たなGCC統合軍事司令部が開設される。この指令部設置の中心的な目的として、GCC各国軍に戦略および運用上の指令を提供し、相互運用可能な多国籍軍としての準備を促すことが期待されている。

ペルシャ湾岸地域の武器輸入

米国と個々に防衛協力協定を結んだ、サウジアラビアを除くGCC諸国は、サウジアラビアも含めて米国の「対外有償軍事援助」、「直接商業売却」、「余剰防衛装備品」等の制度を使い、米国製の兵器を輸入する。SIPRIによれば、1990年から2021年までのGCC6カ国の武器輸入額は約997億ドルとなり、そのうちの米国製武器輸入は約573億ドルと、全体の57.4%に上る。ちなみに第2位はフランスの約155億ドルで、約15.6%、第3位は英国の約118億ドル、約11.8%となる。なお中国からの輸入は約7億ドルで全体の0.7%と、ロシアの約26億ドル(2.6%)より少ない。(表5-3.、図5-4.、図5-5.)

・対外有償軍事援助(Foreign Military Sales=FMS)は、米国国防総省が行っている対外軍事援助プログラムであり、被援助国は米国の武器輸出管理法のもと、米国製兵器の取得や教育訓練等の役務を有償で提供を受ける。米国国防安全保障協力局が窓口となる。
・直接商業売却(Direct Commercial Sales=DCS)は、相手国が米国政府を介さず米国企業から直接兵器の購入を行なうもの。ただし売却には米国政府の輸出許可が必要となる。
・余剰防衛装備品 (Excess Defense Articles=EDA)プログラムは、米国国防安全保障協力局が管理する、国防総省及び沿岸警備隊が不要とした装備品を、米国の安全保障及び外交政策を支援する目的で、的確な外国受取者に割引価格又は無償で引き渡す制度。

GCC諸国は防衛装備品の調達を輸入に大きく頼っており、2013年以降のGCC諸国の武器輸入額は42億~66億ドルで推移している。サウジアラビアはビジョン2030の中で、「軍事支出のうち国内での支出はわずか2%にすぎません。国防産業部門の規模も企業7社とリサーチセンター2箇所のみにとどまっています。このテーマにおける達成目標は、2030年までに軍事設備に対する支出の50%を国内化することです。」と述べており、この現状を変えることを目指している。この点ではUAEはサウジアラビアをリードしており、2019年に国内の軍事産業をまとめて設立されたEDGEグループは、SIPRIによる世界の軍事産業企業売上ランクで22位にランクされた。

イランは、1979年以前は米国から大量の武器を輸入していたが、イスラム革命とイラン・イラク戦争の開始後、米国が主導する経済制裁と国際的な武器禁輸により、保有する武器の修理と部品補給を国内の武器産業に依存することを余儀なくされた。この結果、イランの軍事産業は大きく拡大し、1992年には独自の戦車、兵員輸送車、ミサイル、潜水艦、戦闘機を製造するまでになり、スーダン、シリア、北朝鮮などに軍事装備を輸出するまでに成長する。2022年のロシア・ウクライナ戦争では、ロシアにドローンを供給している。今年2月にイランは、2022年時点の防衛装備品自給率は93%に達したと発表した。

SIPRIのデータベースでは、1990年から2021年までのイランの武器輸入額は約85億ドルとなり、そのうちのロシア製武器は旧ソ連も入れて約50億ドルと、全体の58.6%に上る。第2位は中国の約22億ドルで、約25.7%、第3位は北朝鮮の約11億ドル、約13%となる。しかしこれらの武器輸入は2000年代末から急激に減少し、ここ数年は年間数百万ドル規模となっており、防衛装備品自給率向上が裏付けられる。(図5-5.)

米国の中東への安全保障関与の変遷

(図5-6-1.~5-6-2.、図5-7.、表5-4.)
冷戦初期の米国にとっての安全保障面での中東の地位は、第二次世界大戦時の英米両国間の戦略方針を受け継いでいた。1941年の米英軍事会議では、両国が作戦指揮を主導する地理的な区分が合意され、太平洋は米国の責任範囲、大西洋は指揮権を分担し、両地域の間の地中海・中東・インド洋は英国の責任範囲となった。またこれは第二次世界大戦後の1947年に行われた、中東問題に関する英米のペンタゴン協議でもこれが再確認された (斎藤祐介 1994)。しかしこれは大英帝国の崩壊過程において、1950~1960年代の中東で行われた軍事作戦行動を通じて米国の役割が増加し、1968年の英国の「スエズ以東撤退宣言」により、この体制は終結する。

米国が中東地域に実質的な米軍地上兵力を投入する構想は、1950年代からあったとされるが、現実にそれが行われたのは1991年の湾岸戦争になり、それまでは1970年代の「二本柱政策」やイラン・イラク戦争でのイラク支援など、オフショアバランシング政策が取られる。1990年のイラクのクウェート侵攻により、米国は直接の軍事介入を余儀なくされるが、湾岸戦争は、イラク軍約100万人に対して、米軍を中心とする多国籍軍の陸上兵力は、後方戦力も入れて約56万人が対峙した。多国籍軍はサウジアラビア領からイラク領に進軍し、地上の戦闘は実質8日で終了して、イラクは1か月後に国連の停戦合意を受諾して戦争は終結する。50万を超える多国籍軍は終戦後早期に撤兵し、サウジアラビアに駐留する米軍は1994年には1,000人を下回るまでに減少する。その一方でこの時期に米国は、サウジアラビアを除くGCC諸国と二国間の防衛協力協定を結び、この地域に多くの軍事基地を得て、軍事物資の前方展開を行っている。1991年に防衛協力協定を結んだバハレーンには、1995年に米海軍第5艦隊司令部がおかれ、2022年にはこの地域で最初の「主要な非NATO同盟国 (=MNNA)」となった。

米国は湾岸戦争後の中東政策として、イランとイラクを同時に封じ込める「二重の封じ込め」政策を行っていくが、サウジアラビア国内では湾岸戦争時とその後の米軍駐留について激しい反発が起こった。サウジアラビア駐留米軍はイラク対応等で1990年代後半には数千人規模となるのだが、アフガニスタン戦争に参加してサウジアラビアに帰国したジハード主義急進過激派による駐留米軍関連施設と米国人へのテロ攻撃がおこり、米軍駐留を許すサウジアラビア王家へも批判の矛先が向く。そしてこの中で2001年9月の「9.11同時多発テロ」が起こる。米国は2002年以降、サウジアラビアに駐留する米軍を、訓練要員や大使館・領事館警護要員等の数百人に削減する。

2003年3月20日に始まったイラク戦争で、有志連合軍は後方支援も入れて26万3千人の兵力を投入した。組織的な戦闘行為は4月中に終了し、5月1日には戦闘終結宣言が出されるが、その後の旧フセイン政権のイラク軍人や武装集団・過激派による占領米軍等への襲撃が頻発し、2005年までの間米国は最大19万人の兵力をイラクに置くことになる。イラクの米軍は2010年のオバマ大統領の正式なイラク戦争終結宣言を経て、数を減らしながら駐留を続け、このイラクからの撤兵で一時的にクウェート駐留米軍の数が増える。

オバマ政権は、第1期後半に対外政策において「リバランス政策」を提唱し、対外政策の重心を中東からアジア太平洋に移すとして、イラクからの撤兵を行い、中東全域並びに湾岸地域の米軍戦力の削減を行った。GW・ブッシュ政権末期には5万人を超えていたGCC諸国の駐留米軍は、オバマ政権末期には1万6千人にまで減少する。続くトランプ政権は対イラン強硬政策を採り、オバマとは真逆の好戦的なイメージがあるが、「アメリカ第一主義」の下に、中東全域への関与を下げていく基本姿勢はオバマと同じであり、トランプ政権期に中東地域に駐留する米軍は大幅に削減されている。トランプ政権最後の年の2020年のGCC諸国の駐留米軍は1万人を切って、7千人に減少する。

バイデン政権も中東全域への関与を下げていくと言うオバマ・トランプ政権の方向性は踏襲しており、中東地域に駐留する米軍の削減はさらにすすみ、Defense Manpower Data Center (=DMDC、米国防総省麾下の人事情報センター) のデータでは、その数は約5,500人となっている。一方で、米国と中東諸国との二国間防衛協力協定は更新・継続しており、中東地域における米軍の使用できる基地インフラは維持されている。2010年代前半には米空軍1万人が駐留していたカタールのアル・ウデイド空軍基地は、DMDCでは2021年には200人が駐留するだけになっているが、基地としては保持されている。ただしDMDCには表されていない米軍の配置があり、DMDCではゼロとされているシリアには、900~3,000人の米軍兵士と多数の基地があるとされており (青山弘之 2022年)、イラクでもDMDCの150人を超える2,500人がイラク軍の訓練や支援を理由として駐留している。

欧州・中国・ロシアの中東への安全保障関与の変遷

(図5-8.)
フランスは、湾岸諸国との軍事協力を促進し、クウェート(1992年)、カタール(1994年)、UAE(1995年)と防衛協定を締結した。一方の湾岸諸国からすれば、湾岸戦争を機に米国依存の安全保障体制の多角化を試みたといえる。この中でもフランス・UAE間の軍事協力はアブダビの仏軍基地に特徴づけられる。フランスは2009年5月にアブダビに軍基地を設置したが、これはフランスにとって旧植民地以外では初の海外軍事基地となる。基地機能としては、海軍はミーナー・ザーイド港に原子力空母「シャルル・ド・ゴール」を含むフランス艦隊が停泊できる基地施設を持つ。陸軍はザイード軍キャンプに第5胸甲騎兵連隊が駐留する。空軍は、米軍も使用するアル・ザフラ空軍基地に6機のラファール戦闘機を配備する。こうした三軍からなるアブダビ軍基地を拠点するUAE 駐留フランス軍(FFEAU)は将兵500人以上を有する。 (高橋雅英 2022) 

かつて中東地域の安全保障を担った英国は、「スエズ以東撤退」後も湾岸戦争、イラク戦争、「イスラム国」掃討戦などの米国が組織する多国籍軍・有志連合軍に参加してきた。イラク戦争及びアフガニスタン戦争では2004年~2009年、「イスラム国」掃討戦では2014年以降、空爆及び情報収集を行う目的で、英国空軍がカタールのアル・ウダイド空軍基地を使用している。

中国は地域紛争への介入には慎重であるが、自国の権益を保障するための軍事的関与には積極的に関わってきた。現在中東において中国は、「海外権益保護」のために人民解放軍が活発に軍事外交を行っている。またハイレベル軍事交流、海賊対処・対テロ対策などを目的とする、合同訓練等の信頼醸成を目的とした軍事交流が行われている。2016年に作られた対中東政策文書「中国のアラブ諸国政策(本文)」には、「双方の軍事指導者の相互訪問を強化し、軍事人材交流を拡大し、武器装備協力と各種専門技術協力を深化させ、部隊合同訓練などを展開する。アラブ国家の国防と軍隊建設への支持を継続し、地域の平和と安全を維持する。」との文章がある。

中国は、GCC諸国での武器輸出シェアが0.7%と、中東に対してそれほど武器輸出は行っていない。しかしながら、中国のドローン輸出は世界全体の半分を占める、と言われており、翼竜IIや彩虹4などのデュアルユース・ドローンの輸出が増加している。サウジアラビア、UAE、イラクなどでは、これらの中国製ドローンが実戦で使用されていると言う。

近年における中国の急速な軍事力の近代化の中で、中国は、中東そのものではないが、中東にあるチョークポイントの一つである、バーブ・エル・マンデブ海峡に面したジブチに海軍基地を持つ。中国は2015年11月にジブチでの基地建設を公式に認め、2017年8月に正式に「ジブチ海軍保障基地」として運用を開始する。基地面積は3万6000m3あり、3000人が収容可能で、800~1,000人程度が常駐している。中国はジブチ海軍保障基地を海賊・テロ対策、平和維持活動、情報収集、軍事外交の拠点として活用している。近年400m以上の桟橋が完成し、大型艦の接岸が可能となったことで、後方支援能力が向上したとみられる。中国は2018年末から2年の間に、40回にわたり海賊対処オペレーションとしてのシーレーン防衛のため、戦闘艦艇2隻+補給艦1隻のチームでできている艦隊派遣を行っている。この艦隊はシーレーン防衛の他に、各国の港への友好寄港を行い、軍事関係の信頼醸成と軍事プレゼンスの増大を図ることも行っている。最近になって、中国艦隊はアラビア海で毎年のようにロシア、イランと合同軍事演習を行っている。

ロシアは現在シリアに軍事基地を持ち 4,300~10,000人のロシア軍が駐留しているとされる (2022年のウクライナ侵攻前)。ソ連時代から存在するタルトゥース海軍基地 (正式には、第720物的技術保障拠点)は、1971年に地中海で米第6艦隊と対峙するソ連海軍を支援する目的で作られた。1991年のソ連崩壊後も、人員・規模を縮小しながらロシア海軍が駐留していたが、2015年のロシアによるシリア内戦介入後は、ロシア軍の軍事作戦を支援する補給・技術拠点となっている。ロシアは2017年に、シリアとタルトゥース基地の49年間の使用合意を結び、11隻の艦艇の配備が可能となる埠頭拡張を可能とした。ロシアはこれによりタルトゥース基地を、これまでの補給拠点から本格的な海軍基地に拡大とする方針と考えられる。タルトゥース海軍基地には、基地防衛用にS-300地対空ミサイルシステムが配備されている。

ロシアは、シリアの反体制派への空爆を実施する宇宙航空軍の拠点として、ラタキアのバシール・アル・アサド国際空港の隣に、2015年にフメイミム空軍基地を作った。ムメイミム空軍基地に関してロシアはシリアと無期限の使用合意を結んでいる。フメイミム空軍基地には、航空宇宙軍が駐留してSu-24爆撃機、Su-25対地攻撃機、Su-34戦闘攻撃機等の航空機による航空作戦を行っている他、基地警備のための陸上部隊・防空部隊も駐屯しており、S-400 地対空ミサイルシステムが配備されている。

安全保障から見える中東における米国と中国の現在地

2022年時点で見た時、ペルシャ湾岸とその周辺地域に展開している外国軍は、米国が7,845人 、シリア及びイラクに駐留するとされる兵力を入れたとしても1万3,000人となる。フランスは500人程度と見込まれる。また中国は1,000人、ロシアは1万人程度の兵力を派遣している。米国は中東の外国軍隊の中で依然大きな位置を占めているが、展開する兵力は総兵力130万人の1%程度にすぎなくなっている。これだけを見ると、安全保障の面でも米国は中東における影響力を失っているように見える。

それでも米国は、イラン、イエメン、レバノンを除く中東各国に軍事基地を保有しており、シリア1国のロシア、ジブチ1国の中国と比べて厚い軍事インフラを展開している。これにより、米国はイランに関係して中東で緊張が高まるたびにB52戦略爆撃機、空母打撃群、誘導ミサイル搭載原子力潜水艦などの抑止力を派遣することが可能となっている。これは中国には持つことのできない能力と言える。また、中東各国と米国は、二国間防衛協力協定のネットワークを持ち、中東各国の軍隊の装備品も多くが米国製であるなど、重層的なつながりを築いている。安全保障面での米国の中東への影響力はまだ大きい。

しかしながら、急激に変化が出てきているところもある。SIPRIの1990年から2021年の32年間のデータでは、GCC諸国の中国からの武器輸入額は全体の0.7%と全く低いのだが、ここ5年でそのうちの57%を輸入し、大きな伸びを見せている。サウジアラビアでは2017~2021年の中国からの武器輸入額は、その前の5年間と比べて290%増加し、UAEでは同じく77%増加している。今年アブダビで開かれた中東最大の兵器見本市「IDEX」には、中国企業が多種多様なドローンを出展した。またUAEの軍事企業が出展したドローンには、中国製の部品・技術が使われており、中国企業とのコラボであることがアピールされていたと言う。(Yahoo!ニュース、2023年4月12日) またサウジアラビアは、弾道ミサイル開発に中国の技術支援を受けていると言われる。サウジアラビアやUAEでの武器国産化の過程で、中国の軍事技術が広まることで、安全保障面でも米国の影響力が蚕食されていく可能性はあるだろう。

(参照)
ストックホルム国際平和研究所、Stockholm International Peace Research Institute (SIPRI)
Global Firepower
米国国務省、U.S. Department of State
Saudi Arabia VISION 2030
米国国防総省、US Department of Defense、Defense Manpower Data Center (DMDC)
中華人民共和国外交部
人民網日本語版
細井長、「湾岸協力会議(GCC)の形成と発展」、立命館経営学 第40巻第3号、2001年9月
溝渕正季、「戦略的資産か政治的負債か? -サウジアラビアにおける米軍基地と基地政治-」、国際安全保障 第47巻第3号、2019年12月
斎藤祐介、「戦後米国の中東軍事介入体制の変遷 -「目的」と「手段」の相克-」、敬和学園大学「研究紀要」 第3号、1994年4月
Matthew Wallin, 「U.S. Military Bases and Facilities in the Middle East」、2018年6月
青山弘之、「シリアにおける米国の軍事介入と部隊駐留の変遷(2011~2021年)、現代中東政治研究ネットワーク CMEPS-J.net、2022年9月1日
髙橋雅英、「フランスの中東政策 -湾岸諸国との関係強化と対マグリブ関係の展望」、公益財団法人中東協力センター 中東協力センターニュース2022年10月号、2022年10月
Heloise Fayet、「France‘s strategic thinking in the Middle East is at a st
andstill」、French Institute of International Relations、2022年12月20日
Camp de la Paix、Wikipedia
Overseas military bases of the United Kingdom、Wikipedia
People’s Liberation Army Support Base in Djibouti、Wikipedia
Russian naval facility in Tartus、Wikipedia
Jamie Dettmer、「Russia Expands Military Facilities in Syria」、VOA、2021年5月12日
「中東最大の「国際兵器見本市」リポート! "ドローン帝国 チャイナ"の恐るべき実力!!」、Yahoo!ニュース、2023年4月12日

6.まとめとして

中東:石油貿易の現在地 -中国は中東産油国の最大顧客。米国は中東石油安定供給への関心を失った

2章でみたように、米国は、シェール革命による原油生産量増加により原油輸入量を大幅に減らし(年間約22億バレル)、その中でも中東湾岸産原油のシェアは大きく下がり、今や年間約2億バレルと輸入量の10%以下となる。その一方で経済発展が進む中国の石油消費は増加し、中国は今や年間約43億バレルを輸入する世界一の原油輸入国であり、その内中東産原油は約20億バレルであり、世界一の消費地となっている。中国は米国の10倍も中東から原油を買っている。

米国・中国以外の世界を見ると、欧州と日本は共に石油輸入量は減っているが、欧州は中東依存度を減らし、日本は中東依存度が92%に増加している。そしてインド、アジア諸国の石油輸入における中東産原油シェアは60%を超える。

この状況は、供給側の中東から見れば、31%が中国に販売され、15.7%がインドに販売されている。中国インドを含むアジア大洋州になるとそれは83.5%に上る。米国・欧州・日本は顧客としての魅力は薄れ、それに対して中国、インドはお得意様度が上がっているということだ。

米国の中東石油への関与は、第二次世界大戦後の世界市場に中東の石油を安定的に供給するという目的があった。米国が「中東の石油への関心を失っている」と言うとき、それは米国が「世界経済のため中東石油の世界への安定供給に関与する」ことに関心を失っている、ということなのだ。

中東:非石油貿易の現在地 -中東にとって中国は極めて重要な貿易相手

非石油製品の貿易を、サウジアラビアと米国、サウジアラビアと中国の関係で見たとき、天秤は中国に大きく傾いている。1991年までは米国が突出して1位のサウジアラビアへの輸入品供給国であったが、2016年以降は中国が1位であり、2020年のシェアは中国が20%、米国は11%となっている。サウジアラビアからの石油・石油製品以外の主要輸出品は、プラスチック類と化学製品だが、中国へはプラスチック類の18%、化学製品の27%を輸出して、共にトップとなっている。米国への輸出は化学製品の4%程度にとどまる。9.11米国同時多発テロ事件直後に、アラブ系商人たちは、消費財の仕入れ元を欧米諸国から中国浙江省の義烏市のマーケットに転換し、中国側でも消費財市場を積極的に整備して、サウジアラビアや UAE などへの中国製消費財の輸出が活発化する。この民間レベルの貿易拡大の他に、政府主導によるビジネス交流機会拡大の試みも行われている。サウジアラビアにとって中国は非石油貿易においても極めて重要な相手となっている。

但し、米国及び中国から見た、貿易における中東諸国の重要度は高くはない。中国の主たる貿易相手先は東アジア・東南アジア・米国・欧州であり、米国の場合は東アジア(中国を含む)・欧州・中南米なのである。

中東:直接投資・証券投資の現在地 -「一帯一路」で拡大する中国の投資

全世界の名目GDPの2.2%であるGCC諸国の経済規模に比して、米国からの直接投資は1%程度、米国への直接投資は0.6%程度と小さい。一方、GCC諸国から米国への証券投資のシェアは3.2%と経済規模に比して大きい。証券市場へのペトロ・ダラーの還流がある。

中国が進める「一帯一路」の広域経済圏構想では、その経路上にある中央アジア・東南アジア・南アジア・中東・東アフリカ地域で、インフラストラクチャー整備、貿易促進、資金往来促進が計画されている。この一帯一路構想により、GCC諸国に対して行われた投資及び建設プロジェクトは、2005~2013年の期間では315.8億ドルであるのに対して、一帯一路が始まって以降2013~2022年には901.8億ドルと、3倍近くに増加している。米国による直接投資は中国を大きく下回る。

中東:軍事・安全保障の現在地 -兵力は減少しても米国の影響力はまだまだ大きい

湾岸アラブ諸国は歴史的に外部の勢力に安全保障を依存してきた。第二次世界大戦後、特に1970年代以降、その外国勢力は米国になる。イラク戦争後で18万人を超える兵力を中東に展開していた米国だが、現在ペルシャ湾岸とその周辺地域に展開している米軍は7,845人 、シリア及びイラクに駐留するとされる兵力を入れても1万3,000人にまで減少している。しかしながら米国は、二国間防衛協力協定のネットワークにより、中東各国に軍事基地を保有し、武器供給など重層的なつながりを築いており、安全保障面での米国の中東への影響力は大きい。しかしながら近年、ドローンや弾道ミサイル開発でUAEやサウジアラビアは中国の技術支援を受けており、安全保障面でも米国の影響力が蚕食されていく可能性はあるだろう。

中東:米国・中国の現在地

中国と中東諸国の経済的なつながりは今や揺るぎないものとなっている。中国にとって中東はエネルギーの供給地であり、一帯一路のインフラ建設プロジェクトの投資先であり、中東から見れば中国は最大の石油輸出先であり、消費財の供給元である。ここにおいて米国の影は薄い。中東における米国の存在感は、安全保障の担い手としてのそれであり、湾岸戦争以降は特に直接展開する軍事力にあった。現在その兵力は大幅に削減されているが、中東各国に展開する軍事基地や武器供給など重層的なつながりにより、安全保障面での米国の中東への影響力は大きく、中国がこの面での米国にとって代わることは、遠い将来はいざ知らず、近未来では考え難い。しかしこの状況が長く続くことを米国が望んでいるのかと言えば、必ずしもそうとは言えない現実がある。

7. 補論 : 対中東外交・対中東政策の現在地

米国の中東政策の現在地

米国の中東における死活的に重要な関心は、①中東からの安定的な石油供給の確保、②敵対的な国家あるいは勢力による中東地域(特にペルシャ湾岸地域)の支配の防止、③イスラエルの安全保障、と長年されてきた。

・石油と安全保障の交換: 1945年
・トルーマン・ドクトリン: 1947年
・イスラエル建国・第一次中東戦争: 1948年

第二次世界大戦以降の湾岸産油地帯を中心とした米国の中東関与は、安全保障面においては、イラク戦争及び「テロとの戦い」の時期までは、所謂オフショアバランシング政策、超大国(=覇権国)が各地域の同盟国と協力して域内のバランスと取りながら域内の安定を図り、覇権挑戦国を抑止しつつ統治を展開する戦略、を採ってきたとされる。1960年代から1980年代において、油田地帯であるペルシャ湾地域の安定を維持するために、パフラビー朝のイラン並びに劣後するがサウジアラビアに代理勢力としての役割を期待した、所謂「二本柱政策」をとる。1979年のイランのイスラーム革命後は、イラン・イラク戦争でイラクを支援し、イラクが代理勢力の役割を担うこととなった。しかし、1990年のイラクによるクウェート侵攻により、米国は湾岸における代理勢力を失うこととなる。このため米国は、中東の安定維持のために自ら直接に政治的・軍事的責任を担わざるを得なくなり、自らの軍事的プレゼンスや外交を通じて、直接的に中東に関与するようになる。このとき米国は、国際協調の枠組みを構築して正統性を担保しつつ、GCC諸国との間の軍事協力協定によって得た基地使用や軍事物資事前配備の権利を使って、イランとイラクに対する「二重の封じ込め」政策を行っていく。この米国の中東政策は、2001年の同時多発テロを契機に大きく変容する。GW・ブッシュ政権は「テロとの戦い」の大義名分のもとに、米国単独又は有志連合国と共にアフガニスタン及びイラクで直接対テロ戦争を戦う。オバマ政権はその初期でこの戦いを引き継ぐが、徐々にアフガニスタンからの撤退を進め、イラクからの軍隊の撤退を完了させ、中東政策と対テロ対策が中心となっていた対外政策について、その重心をアジア太平洋に移行する「リバランス政策」を提唱する。オバマのイラン核合意(JCPOA)は、イランと一定の協力を行うことで地域の安定を図ることを目指したものだが、イスラエルやGCC諸国との不十分な調整は、これらの国々に米国への不満と不信を残す。トランプ政権の外交政策は一貫性・戦略性がないと批判されるが、中東においてはオバマ政権が創ったJCPOAを一方的に離脱して、イランに対して「最大限の圧力」政策を採ってイランを敵視し、その一方でサウジアラビア及びイスラエルを過度に優遇した。これは、中東域内の一層の不安定化を招くが、その一方でトランプ政権は米軍の直接的な武力行使には抑制的であり、例外的な「イスラム国」撃退戦においても、クルド人民防衛隊(YPG)を前面に立てて、これを支援する形をとっている。トランプ政権期に、中東地域に駐留する米軍は大幅に削減されている。イランとの対決姿勢は強めつつも、中東全域への関与は下げていく。それが、トランプ政権の基本姿勢だったと言える。この「中東関与を下げる」点において、政策的方向性は真逆ながら、オバマ政権とトランプ政権の基本姿勢は同じであった。バイデン大統領は米国外交が国際協調主義に復帰することを宣言した。バイデン政権の中東政策は、オバマ政権の一部を踏襲しつつ、トランプ政権の一部政策を修正する方向性が見える。

では、「中東関与」において、オバマ・トランプ・バイデンは同じなのか? 米国史研究者の京都大学の小野沢透が2021年に著した日本国際問題研究所のレポートがこれに応えている。小野沢によれば、バイデン政権初期の中東政策を考える上で最も重要な論文は、オバマ政権で国防次官補であったマーラ・カーリンと国務次官補であったタマラ・ヴィッテスの共著で、2019年のフォーリン・アフェアーズ誌に掲載された、「中東というアメリカの煉獄: 消極的政策の主張 (America’s Middle East Purgatory)通称 「煉獄」論文) である。

以下に小野沢の議論を要約すれば、「煉獄」論文では、米国は中東において「他のグローバルな優先事項に態勢を移行できぬほどに域内危機に苛まれながら、当該地域をよりよい方向に向かわせられるほどの資源を投下していない」状態にあり、この中途半端な状況を「煉獄」と呼ぶ。そして煉獄の原因を、米国が中東から後退しながらもこれまでのインタレストを維持できる最適解が存在するという前提に立って、この最適解を追求する手法にあるとする。「煉獄」論文は、オバマ政権とトランプ政権が採ったこの手法が前提からして間違っていると断じる。中東はもはやかつてのような重要性や優先順位を持たないのだから、米国はここから中東政策を組み立てていかねばならないと論ずる。「煉獄」論文は更に、米国の中東における目標やインタレストを縮小することで「煉獄」から脱出すべきである、と主張する。ここで縮小された後のインタレストとして列挙されるのは、① ホルムズ海峡、バーブ・エル・マンデブ海峡、スエズ運河などのチョークポイントでの米海軍および民間船舶の自由航行の維持、②テロの脅威の抑制、③中東域内の友好諸国の安定、だとする。「敵対的勢力による中東地域の支配防止」や「中東からの安定的な石油供給確保」は、副次的インタレストに格下げされる。なぜなら、中国・ロシアが中東で米国に代わる地位を獲得することはなく、石油の重要性は今後低下し、中東産油国の重要性と石油価格決定能力は相対的に低下するので、米国はこれまでのように中東の石油供給維持に関心を払う必要はない。「煉獄」論文はそう主張する。

この「煉獄」論文に加えて、小野沢は以下の二つの論考に注目する。一つは、2018年にフォーリン・アフェアーズ誌が掲載した、現在バイデン大統領の国家安全保障担当大統領補佐官を務めるジェイク・サリバンの論考(The World After Trump)で、彼はここで「トランプ後の米国は同盟関係を立て直し、多国間の枠組みに復帰することで、この秩序を再び活性化させるべく努めるべきである。」としながら、中東はこの例外で、「オスマン朝の滅亡以降、中東では対立と混乱が常態であった。したがって、中東の混乱は、米国を中心とする国際秩序の脅威とはならない。米国は中東域内の諸問題を解決しようとするのではなく、それらが域外に悪影響を及ぼさぬようにすることを目標とする外交を遂行すべきである。」と論じている。小野沢は、「煉獄」論文の中東撤退論の背後には、サリバンの言うような「中東異質論」があるとする。

これら「煉獄」論文やサリバンの論考を、中東政策に関する提言としたものはいくつかあるが、小野沢が最も包括的として取り上げているのが、ダフナ・ランドとアンドリュー・ミラーの編集によりブルッキングス研究所の関係者を中心にまとめられた「中東関与の見直し」論集(Re-engaging the Middle East)である。小野沢の解説では、この「見直し」は、米国の中東から全面撤退が中東と世界の競争の激化につながる危険性を指摘して、米国が中東で外交的な関与を強化することを主張しているが、その一方で「煉獄」論文のように米国の中東におけるインタレストを抑制的に定義して、過剰関与を戒め、米国の責任や負担の縮小を目指すものとなっている。

これら民主党系の中東政策専門家たちの議論がバイデン政権の中東政策に生かされているとすれば、バイデン政権はオバマ政権やトランプ政権とも異なり、もはや中東はかつてのように米国にとって死活的に重要な地域ではないとの認識の下に、米国のインタレストを縮小しながら中東からの撤退を進めることを目指していることになる。そしてこの中東撤退政策の背後には、中東は常に混乱や不安定のなかにあるとする「中東異質論」がある。しかし現実問題として、米国は混乱と不安定の中の中東から一方的に撤退できるのであろうか?

2023年の、バイデン政権第1期目の中間を折り返した時点での中東及び世界の情勢は、「煉獄」論文が前提とした情勢、「見直し」の政策前提、またかつてサリバンが想定した世界とは、以下の点で既に異なっていると考えられる。米国はこの現実にどう向き合うのか。

  • ・バイデン政権成立から2年を経ても、イランとのJCPOA再構築は達成されておらず、多くがそれはすでに「死に体」にあるとの認識にある。
  • ・2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻により、世界は、米欧日などの西側と、ロシアと中国(+イランなど)に大きく分断された。さらにグローバル・サウスと呼ばれる中南米・アフリカ・中東・南アジア・東南アジア諸国は、二つの陣営のいずれかに与するのではなく、一定の距離を置きつつ、個々に自らの国益に従う行動をとっている。世界が国際協調をとることのできる余地は大きく狭まっている。
  • ・世界の分断は、エネルギー大国であるロシアを国際市場から強引に切り離す動きにつながった。これまで背後に隠れていた「エネルギー安全保障」が、米国などの例外を除いてエネルギー消費国の喫緊の課題となり、石油・天然ガス供給源としての中東の重要性が改めて認識されている。
  • ・中東諸国は、これまでの域内の対立を、たとえそれが根本からのものではなく表面的なものであったとしても、これを改善する方向に自ら動いている。カタール危機の解消、トルコと湾岸アラブ諸国及びエジプトとの関係改善、シリアのアラブ社会への復帰の動き、イエメン紛争停戦の動き、そしてサウジアラビアとイランの国交正常化への動きなど、地域安定化に向けた自律的な流れが動き出していると言える。
  • ・中東諸国の地域安定化に向けた自律的な動きに対して、中国はこれまでの経済関係に特化して深めてきた各国との関係を、目指す大国外交の資産として生かし、中東地域において経済に加えて政治的にも影響力を増大しようとしている。また中東での大国外交の成功は、グローバル・サウス並びに世界においても中国の言説を広める資産となる。

中国の中東政策の現在地

中国は、2016年に習近平主席が中東諸国を公式訪問して以降、中東諸国と中国の首脳外交が活発化している。習近平は2022年末にもサウジアラビアを訪問しているが、習近平の中東歴訪はこれで3回目となる。中国は2016年に正式の対中東政策文書「中国のアラブ諸国政策(全文)」を発表した。ここでは「中国とアラブ諸国の間の互恵的な協力の青写真を計画し、中東の平和と安定のために働く政治的意志を再確認し、中国とアラブの関係をより高いレベルに押し上げた」としている。

(中国のアラブ諸国政策(全文) 中華人民共和国外交部HP)

これまで、中国の対中東政策の目的は主に経済面にあり、中国の経済成長に不可欠な石油の輸入を確保するため、一帯一路構想の下に貿易・投資関係を強化して石油の安定供給を図ることが主眼と理解されてきた。これを表したものが、2014年の第6回中国アラブ連盟協力フォーラム閣僚級会議で習近平が提唱した、中国と中東の経済協力を多角化する 「1+2+3協力枠組み」である。(三船恵美、2021年) 防衛研究所の八塚正晃は、中国にはこの目的とともに、自らの経済的進出が中東諸国へ発展の機会を与え、もって地域の安定にもつながるとの理解がある、と指摘する。

他方で、中国は、中東域内の民族・宗教・領土・国家間対立をめぐる諸問題に対しては一定の距離を保ち、「平和共存5原則 (領土・主権の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉、平等互恵、平和共存)」を掲げ、特に、領土・主権の尊重、内政不干渉を重視して、パレスチナ問題、宗派対立、地域覇権対立には深入りせず、中東の複雑な紛争に巻き込まれることを回避してきたと言う面がある。また米国がNATOや二国間の同盟関係を外交の柱としてきたことに対して、中国は、同盟関係は軍事力優先のブロック化であり、敵対する勢力(=中国・ロシアなど)との対立の政策、冷戦思考として、これを否定的にとらえ、1990年代後半以降から、新たな外交関係として「パートナーシップ」を外交政策の柱としてきた。中国の言う「パートナーシップ」は、領土・主権の尊重、内政不干渉のもとに相互利益の追求と関係発展、を求めるものとされ、経済関係を軸にした幅広い国家関係を作るものとされる。2015年に王毅外相(当時)は「中国はこれまでに75カ国と異なる形態のパートナーシップを構築してきた」と述べているが、中東とその周辺国ではこれまで 表6-1 のようなパートナーシップ関係が結ばれている。この中国のパートナーシップ外交は、米国がバイデン政権になって以降、中国はこれを活性化し戦略性を持たせて、安全保障戦略にリンクさせ始めている、と、2021年のASEANとの包括的戦略パートナーシップへの格上げなどを例にして、東洋大学の薬師寺克行は指摘している。

経済発展と海外展開により、中国が海外に保有する経済権益は増大しているが、中東地域はこの中でも一帯一路に伴う直接投資・インフラ事業展開は無論、エネルギー供給地としての重要性を併せ持つ。また海外進出に伴い、海外で事業に従事する中国企業と従業員・華僑は増大しており、不安定な中東地域における自国民保護も中国政府の課題となる。また中東地域の不安定化が進むことの余波は、中国国内のウイグル問題、中国国内外で起こる中国権益と中国国民へのテロ事件、等にも関連を持つ。このようにして中国は、今や海外において経済分野にとどまらず、政治・治安・軍事の面でも関与を広める必要性に迫られている。ただ、政治・治安・軍事の面での関与が経済目的のみから生じているのなら、その関与は「経済権益の保護」の範囲内に収まるものと考えられる。八塚は、中国の中東関与に関する中国内外の研究者の見解を、①政治的中立性を維持して経済権益擁護に徹するべきとする「慎重関与論」と、②経済権益を守るため関与を深めて地域ガバナンスに主体的に参加していく「積極関与論」の、二つの潮流があると指摘する。近年の中国の対中東外交の展開は、これまで主流と考えられてきた「慎重関与論」から「積極関与論」への転換があったことをうかがわせるものがある。

この中国外交の新たな展開は、習近平政権が掲げる「中国の特色ある大国外交」の実践として、最近の中東においてその展開が認められる。ここで、話を近年の中国の外交方針と言う、大枠から見ていく。

この「中国の特色ある大国外交」は、2014年に習近平総書記が中央外事工作会議で提起したものであり、これ以降に中国外交の基調を成すものとなっている。習近平政権の対外政策や安全保障政策の特徴は、大国意識を前面に押し出した外交の展開だと言う評価があるが、この背景には、現在が 20世紀初めからこの方経験していなかった国際秩序の変動期であるという習近平政権の時代認識が関係している、と八塚は指摘する。また八塚は、中国共産党指導部は、国際秩序において最も重要なのはパワーであり、現存の国際秩序は米国の覇権によって成立しているとの認識を持っているが、米国覇権の衰退と中国の台頭によって「国際的なパワーバランスが大きく調整されている」ことにより国際秩序は大きく変化している。これにより、「東昇西降」と表現される、広く中国を含む新興国と発展途上国の「東」と、先進諸国の「西」の間でのパワーバランスが変化している。との認識にあるとも指摘する。

この「中国の特色ある大国外交」という対外戦略を理念の面から語るのが「人類運命共同体」や「新型国際関係」と言う概念であろう。「人類運命共同体」は、2012年の中国共産党第18回全国代表大会で胡錦涛前総書記が行った活動報告で使われた言葉で、習近平が党総書記に就任したときの会見で、「人類運命共同体」について言及をしている。中国共産党が定義する「人類運命共同体」は、経済のグローバル化で生じた課題や難題に対応するためのグローバルガバナンス対策であり、一国として対処できない問題の解決を指向したもので、「協力とWin-win」により、「共同体の発展」と「恒久的に安定した国際秩序の構築」が方針に含まれる、と説明されている。一方の「新型国際関係」は、2015年に王毅外相(当時)が、米国を中心においた2国間の同盟関係で形作られた国際関係ではなく、「パートナー同士として、協力とウィンウィン関係を核心とする関係」と解説している。この習近平政権になって以降強く提唱されるようになった「人類運命共同体」や「新型国際関係」と言う概念は、これまで欧米主導の価値観を基に形成されてきた(と、中国が考える)国際秩序に対して、中国を中心とする国際秩序を形成しようとの意図も見える。2021年にアンカレッジで開かれた米中外交トップレベル会談で、中国の外交トップである楊潔篪政治局委員(当時)は、「中国と国際社会が従い、支持しているのは、国連を中心とする国際システムと国際法に裏付けられた国際秩序であり、一部の国が提唱する『ルールに基づく』国際秩序ではない……米国や西側諸国が国際世論を代表することはできない。人口規模であろうと世界の潮流であろうと、西側諸国は国際世論を代表することはできない……。世界の圧倒的多数の国々は、米国が提唱する普遍的な価値観や米国の意見が国際世論を代表すると認識していないだろう。」と強い口調で述べている。

今年3月の全国人民代表大会(全人代)で3期目の国家主席に選出された習近平は、近年発表された「グローバル発展イニシアティブ(GDI)」、「グローバル安全保障イニシアティブ(GSI)」に続いて、「グローバル文明イニシアティブ(GCI)」を発表した。中国は立て続けに地球規模の政治的構想を打ち出しており、これまでの欧米主導の国際秩序とは一線を画するような理念を掲げている

(人民網日本語版2023.年3月20日)

「グローバル発展イニシアティブ(GDI)」は、2021年の国連総会で習近平主席が発表したもので、「発展優先、人民中心、普遍的恩恵・包容、イノベーションによる駆動、人と自然の調和・共生、行動志向をそれぞれ堅持して、グローバル発展運命共同体を構築するもの」と中国は解説している。中国メディアは、SDIがBRICS・G20・途上国の目的と一致し、開発ニーズに沿っており、100カ国以上の支持を集めていると伝えている。

「グローバル安全保障イニシアティブ(GSI)」は、2022年4月に海南省で開かれたボアオ・アジア・フォーラム(BOAO)で、習近平主席が初めて公開した安全保障の概念で、今年2月にその内容が発表された。そこにはグローバル安全保障に関する6つの原則と20の具体的な協力方針が盛り込まれており、6つの原則では①共通・総合・協調・持続可能な安全保障観、②各国の主権と領土の一体性の尊重、③主権平等・内政不干渉など国連憲章の趣旨と原則を遵守、④各国の合理的な安全保障上の関心を重視、⑤国家間の溝と紛争の対話と協議を通じた平和的方式による解決、⑥伝統的領域と非伝統的領域の安全保障の総合的擁護、を掲げている。20の協力方針では、東南アジアや中東、アフリカ、中南米などの各地域の国家同士の既存の安全保障関連合意の枠組みを守り、世界の問題である食糧やエネルギー安保、気候変動、防疫、宇宙安保、対テロなどに協力しなければならない、としている。これを発表した中国の秦剛外相は、「現在80以上の国と地域でGSIを歓迎し支持している」として、「中国は適切な時期にGSIの高官級活動を開催し、各国と共同で安全保障計画を協議する」と述べた。

「グローバル文明イニシアティブ(GCI)」は、全人代後の3月15日の各国の政党幹部とのオンライン会議で、習近平主席が提唱したもので、各国が文明間の対立を乗り越えてそれぞれの発展モデルを認め合うよう促すとした。人民日報のネット・プラットフォーム人民網(日本語版)の 17日版は、GCIを、「世界の文明多様性を尊重」「全人類の共同の価値を発揚」「文明の伝承と革新を重視」「国際人文交流・協力を強化」という4つの主張を掲げており、各文明の包摂・共存、交流・相互学習の基本理念及び原則を含み、また実現の動力源と現実的な手段を持つ、極めて建設的で操作性と持続可能性が高い重大イニシアティブ、と伝えている。

人民網は、GCIをGDI、GSIに続き中国が発表した3つ目の重大グローバルイニシアティブで、「私たちはどのような現代化を必要としているのか、どうすれば現代化を実現できるのか」といった一連の時代の問題に根本的な答えを示し、中国が世界に提供する新たな重要公共財、と言う。そしてこれらが発表された背景を、『地政学的な衝突が近年日増しに激化し、米国及び西側の一部の政治家が「文明衝突説」や「文明優越説」を扇動・喧伝することで再び人々の注目が集まり、各文明間のヘイトと隔たりが激化し、国際交流・協力の大きな妨げとなっている。』 ことによるとしている。

習近平主席はこの15日の演説で、「世界に『新冷戦』は要らない。民主の旗を振りかざして分裂と対抗をあおることは、それ自体、民主の精神を踏みにじるものだ」 「他国の現代化を抑え込むことで自国の発展を維持するという特権に反対する」と主張して、名前こそ出さなかったが米国を非難した。これは、西洋の「普遍的価値観」ではない、中国が提示する「世界の文明多様性を尊重した全人類共同の価値」をもって価値観を相対化し、価値・イデオロギーをめぐる西洋対非西洋の対立軸を演出して、その対立軸を発展途上国・新興国への外交に使っていくことがうかがえる。

習近平総書記は、2021年の中国共産党創設100周年講話において「中国は国際秩序の擁護者」との立場を示したが、この中国は、発展途上国が多数派の国連を中心とした秩序を支持し、中国の経済力を発揮するために自由貿易体制を支持し、米国主導の同盟を「冷戦思考」として否定して、中国がグローバルガバナンスを主導する。そして、中国のナラティブ、話語権(=国際言論空間における中国の言説の影響力)を高めて、幅広い利益共同体を構築する、と述べる。

この、「中国が国際社会の結束と互恵的協力を促進するのに対して、米国が世界の分断と混乱を招いている」 という対比は、中国がメディアを通じて繰り返し提示しているものだが、そのプロパガンダの影響力は、いわゆるグローバル・サウスで一定以上に広がっていると言えるだろう。国連では途上国が数の上では多数を占める。そしてこれら国々の多くは、かつては西欧の植民地であったわけで、欧米主導の価値観を無条件で受け入れているわけではない。時にはそこに欧米のダブルス・タンダードや偽善性を批判的にさえ見ている。バイデン政権が掲げる人権問題や、法の支配、また欧米の言う民主主義についてさえ、あからさまな反対はしないまでも、共感は決して強くはない。

話を中東に戻そう。米軍がカブールから撤退し、米国の中東関与の後退が白日の下にさらされた2021年に中国は、以下の「中東安全安定のための5つのイニシアティブ」を提起している。

  • 1.相互尊重の提唱=地域紛争に対する地域国・住民を中心とする政治解決。中国は建設的役割を果たす。
  • 2.公平正義の堅持 (パレスチナ問題解決と2国家解決策の実行)=安保理での再検討、2国家解決策の再確認。中国が対話プラットフォームを提供。
  • 3.核不拡散の実現 (イラン核合意再建)
  • 4.集団安全保障の共同構築=中国が湾岸地域の安全保障に関する多国間会議の場を提供。
  • 5.発展協力=中国・アラブ改革発展フォーラム、中東安全保障フォーラムの継続開催。

(中東安全安定のための5つのイニシアティブ、2021年3月26日 中華人民共和国外交部HP)

このイニシアティブを発表する際に王毅外相(当時)は、「中東が混沌から統治へと向かうための根本的な出口は、大国の地政学的な対立から脱却し、自立と自律の精神で中東の特性を生かした発展の道を探ることにある」と述べた。

そして2023 年 3 月に発表されたイランとサウジアラビア間の国交回復合意では、中国は仲介国として両国に交渉の場を提供した。その後、中国は両国外相を北京に迎え入れて会談の場を設けている。4月6日の定例記者会見で中国外交部の毛寧報道官は、中国は中東諸国と共にGSI、GDI、GCIを実践し、中東の安全・安定、発展・繁栄、包摂・調和を促進していくと述べた。中国が仲介国としての功績を世界に示したような形になっている。

4月17日、秦剛外相は、イスラエルのエリ・コーヘン外相及びパレスチナのリヤード・アル・マーリキー外相と個別に電話会談を行い、和平交渉再開に向けた措置を取ることを奨励すると伝え、「中国はそのための便宜を図るつもりだ」と述べた。

2月24日に中国がウクライナ戦争での仲介案を発表し、習近平主席はプーチン大統領との直接会談や、ゼレンスキー大統領との電話会談を行ったように、今後、複雑な国際政治問題について仲介役を担ったり、外交で指導力を発揮たりしていく可能性はあるだろう。長年にわたり複雑な対立関係が続く中東は、中国が新たな大国外交で国際的な指導力を示す場となり得るだろう。しかしその一方で、中東各国の利害が複雑に絡み合う場で指導力を発揮するということは、どちらか一方の側に重点を置くことを余儀なくされる場合が起こり、中国がこれまで維持してきた中立性が問われることが起こりうることも十分に考えられる。この時、中国がこれに真剣に取り組むのであれば、相応の政治的コストを費やすことにもなり、これまでのような「大国の介入」となる場合もあり得る。中国外交における中東の優先順位は、ネイサン及びスコペルが言う、中国の安全保障における同心円の最外延部にあたり、決して核心的利益ではない。確かに中東は中国経済との結びつきを強めており、大国外交を世界にアピールするには絶好の場ではある。しかしだからと言って、中国の核心的利益 (香港・台湾やチベット・ウイグルに加えて尖閣や南シナ海など国家統合や領土問題に関係する部分) に費やす政治資源を割いてまで、中東地域で指導力を最後まで発揮しようと、本気でするのだろうか? 中国が中東地域で今後も存在感を高めていくことは確かであろうが、中東地域秩序を形成することを目標とする大国外交を、形だけではなく真に実行しようとすることは、決して簡単なことではない。中国の覚悟が試される。

図7-1

(参照)
小野沢透、「バイデン政権と中東」、公益財団法人日本国際問題研究所 研究レポート、2021年3月23日
Mara Karlin and Tamara Cofman Wittes,、「America's Middle East Purgatory: The Case for Doing Less,」、Foreign Affairs vol. 98, no.1, (Jan/Feb., 2019)、2019年1月.
Jake Sullivan、「The World after Trump: How the System Can Endure」 Foreign Affairs vol. 97, no.2, (Mar/Apr 2018)、2018年3月
Dafna H. Rand and Andrew P. Miller, eds、「Re-Engaging the Middle East: A New Vision for U.S. Policy」、 Brookings Institution、2020年9月
中華人民共和国外交部
人民網日本語版
三船恵美、「中国の対中東政策」、公益財団法人日本国際問題研究所 国際問題 No. 702、2021年8月
八塚正晃、「習近平のサウジアラビア訪問に見る中国・中東関係の現段階」、公益財団法人日本国際問題研究所 研究レポート、2022年12月23日
八塚正晃、「「中国の特色ある大国外交」と中東」、公益財団法人日本国際問題研究所 「米中関係を超えて:自由で開かれた地域秩序構築の『機軸国家日本』のインド太平洋戦略 中東・アフリカ」 第8章、2022年3月
薬師寺克行、「米国に対抗、中国パートナーシップ外交の招待」、東洋経済ONLINE、2021年4月16日
アンドリュー・J・ネイサン、アンドリュー・スコペル、「中国安全保障全史  万里の長城と無人の要塞」、みすず書房、2016年

(以上)

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